院長の独り言 108 ; これからの相撲界に期待!大内山関の想い出
此のところ、毎日のように野球賭博問題で相撲界が大揺れです。
大の相撲ファンとしては、今後どうなるのか心配です。
小生は小学校5年生の頃から相撲の大ファンでした。
羽黒山、鏡里、千代の山など70歳以上の方には懐かしい四股名でしょう。
どの力士も当時の大横綱でした。
昭和25,6年の話です。
私の贔屓にしていた力士はと言うと、自分はマニアック(?)だったので、その当時、人気力士とは言えない大内山と云う幕内力士の中でも飛びぬけの大男、2メートル以上の関取は今でも珍しいのですが、6尺7寸の超長身のお相撲さんの大ファンでした。
アントニオ猪木張りに顎が突き出し、突っ張りを得意技にしていました。
勝つ時も豪快でしたが、身体がデカいので、その負けっぷりは凄まじいものでした。
大内山の取り組みが近づいてくると心臓がドキドキしてくるのです。
今から思えば、何であんなに緊張していたのか自分で理解に苦しみます…。
大内山が勝てば一日嬉しかったし、負ければ意気消沈…。
ホントに馬鹿ですね。
勿論、テレビの放送は無かったので、大内山の取り組み中、ラジオに耳をくっ付けて相撲放送を夢中になって聞いていたものです。
映像の無い時代であったので、お相撲さんの闘う姿を実際に、眼にすることは出来ません。
贔屓の大内山の闘いを頭の中で想像しながら、ラジオの実況アナウンサーの解説を、それも今から思えばオーバーな程の熱のこもった実況放送を、手に汗を握って友達と聞いていました。
テレビで見ているよりラジオの熱狂放送の方が色々想像出来るので却って興奮します。
取り組みが始まると、アナウンサーが『土俵際、危ない!!』と金切り声で強烈に叫びます。
いまテレビで見ていると、そんな場面は殆んど見ることが無いのですから、当時のアナウンサーはこちらが見えないのを良い事に、全くオーバーな放送をしていたのでしょうか。
小生が一生懸命応援した大内山は、結局、横綱になれず仕舞いで引退してしまいました。
それから10年程後、歯科医師になって大学病院で患者さんを毎日忙しく診療していたある日、口腔外科外来に大きな元お相撲さんが患者さんとして来院していました。
歯科の診療椅子に乗れない程の縦横の大きな身体なので、診療している先生がすごく困っていると、看護婦さん達がコソコソ話しているのを小耳にしました。
相撲と云うと眼の無い私ですから、早速、興味半分で見に行ってみました。
チラッと見ただけでその大きな患者さんが今は現役を引退して親方になっている、かつての大内山だと直ぐに分かりました。
年を取っては見えましたが、間違いなく小学生から高校生の頃大ファンだった大内山関でした…。
当時の新聞に記事が出ていましたが、脳下垂体の腫瘍が原因の先端肥大症(末端肥大症)と云う難病で、成長ホルモンの過剰分泌により下顎が大きくなり、上下の歯列が合わなく成ってしまったそうです。
歯列が合わなくなると咬む事が出来ず、食事が出来なくなってしまうのです。
口腔外科で顎を整形する手術を受け咬合を作ってから、無事に食事が出来るようになり、ニコニコ退院して行きました。
全くの奇遇でしたが、大内山関は私の事を知る由も有りません。
でも元大ファンとしては、大内山が無事退院した事に、陰で胸を撫で下ろしたのでした…。
大内山以外に熱中したお相撲さんはそれ以来いませんが、今も大相撲ファンである事には変わり有りません。
現在、野球賭博問題でテレビや新聞などのマスコミ報道では、名古屋場所の取り止めもあると聞きます。
世界に誇る江戸時代からの伝統ある大相撲が破滅しないように、かつて大内山の健康を祈ったように陰から見守っています。