院長の独り言 63 ; その青白い青年棋士は格段に強かった!
小生は囲碁が大好きです。
下手の横好きと云うところですが…。
40年も前になりますが、医局に在籍していた時が、小生の囲碁実力のピークで、アマチュア2段程度でした。
何しろ、囲碁の好きな同僚が多くて、対戦相手に事欠かず、仕事が終わった後、夜9時頃から囲碁好きの仲間が集合して、ワイワイ打っていました。
開業してからは囲碁相手もいないので、治療に専念し、結果として、碁を打つ機会が少なくなり、現在は実力が一級程度に落ちてしまっていると思います。
囲碁での一番の思い出は、大学の第一回囲碁大会Bクラスで優勝して、小さいけれど、優勝の盾を貰った事です。
ちなみに、Aクラスは3段以上で、2段以下がBクラスです。
そして、圧巻は、そのあと余興で行われたプロ棋士と、アマチュア5段以上の我が大学代表、ツワモノ5人との対戦試合でした。
その当時、プロになったばかりの青い顔のひ弱そうな青年が対戦相手でした。
アマチュアでも5段以上の人は、本当に強いのです。
プロ相手なので、5人ともハンディとして、一応、4目おかせて貰い、試合が始まりました。
周りは黒山の観戦者で一杯です。
その中で、私も必死に観ていました。
5人並んで端からアマチュアの人が打つと間髪を入れず、その青白い如何にも頼りなさそうなプロが打つのです。
5人が眉間に皺を寄せて、持ち時間を一杯使い必死に打つと、すぐにそのプロは打ち返してくるのです。
そして、物の一時間足らずで、並んで対戦していた5人のツワモノ全員が完敗してしまいました。
それも大敗です。
観戦していた大勢の人は、結果があまりにも一方的だったので、ガッカリしてため息を大きくついたのでした。
その青年プロが気になり、その後、囲碁雑誌や新聞の囲碁の記事を、たまにチェックしていましたが、そのプロの話題にはぶつかりませんでした。
それから少し経って、私は大学を退職し、八王子で開業して、忙しくしていたので、囲碁の事をすっかり忘れていましたが、ある日、見たような顔が新聞に出ているではないですか。
『天才棋士本因坊になる!』と、新聞に大きな記事が載っていました。
本因坊とは、囲碁の世界のNO1の事です。
その人こそ、あの囲碁の余興で5人のツワモノをなで切りにした青白い青年棋士でした。
彼の名前は加藤正夫、その後、大活躍をして、囲碁界に大旋風を巻き起こした人物です。
名人、十段、棋聖など囲碁のあらゆるタイトルを総なめにしたその人が、あのひ弱そうな青白い青年と分かっても、にわかに信じる事が出来ませんでした。
彼は、その後、日本棋院の理事長に上り詰めましたが、57歳と云う若さで急逝してしまいました。
囲碁界をこれからリードしていく逸材でした。
本人も色々な面で、これからの囲碁の世界を改革したいと熱く述べていました。
期待していたので、本当に残念です。
加藤正夫氏のご冥福を心より祈ります。