院長の独り言 387 ; 長嶋茂雄氏の国民栄誉賞

長嶋茂雄氏(以下、敬称略)に国民栄誉賞を授与したニュースが、連日、新聞やテレビニュースで大きく取り上げられています。
丁度、大学生の頃に、長嶋はプロ野球界にデビューしました。
それも、自分の贔屓(ひいき)にしていた巨人からのデビューです。
小学生の頃、休みの日は朝から晩まで、近所の友達と草野球を熱心にやっていたくらい、自分は野球が大好きでした。
プロ野球が、まだそれほどファン以外に知れ渡ってない頃から、私は巨人ファンでした。
自分は左利きなので、赤バットで有名な左打者川上哲治氏の真似をして、バットを振り回していた幼い頃の姿が脳裏を掠(かすめ)ます。
当時はプロ野球より、東京六大学野球の方が遥かに人気でした。
特に早慶戦の切符は、先ず手に入れる事が不可能なくらいの人気だったのです。
それが長嶋のプロ入りによって、人気がプロ野球に移行したのです。
驚くほどに劇的交代でした。
日本のプロ野球を面白くした第一人者は長嶋茂雄です。
まず長嶋のデビューも鮮烈でした。
あのカネやんこと、金田正一氏に、四打席連続三振にされたのです。
しかし試合後、400勝投手の怪物金田は顔をこわばらせ、『あの小僧、モノになるかもしれない。三振は全部フルスイングだった…』と述べたそうです。
何にしろ、それまでの野球選手はグランドでも大人しいのです。
ところが、長嶋はグランドで三塁の守備についている時も、ベンチにいる時でさえ、常に大きな声を張り上げているのです。
私はそのプレー振りを見ていて、野球に対する考えが一変しました。
自分の中では、今までの静かなスポーツから、野球が感動的で躍動的なスポーツとなったのです。
それまでは、野球はサッカーやバスケットボール、あるいはバレーボールと違い、ピッチャーが中心の『静』のスポーツだと私は思っていたのです。
しかし、長嶋の出現で、躍動の『動』のスポーツだと認識が改まったのです。
その上、長嶋がチャンスにも滅法強いのにビックリさせられました。
昭和34年6月25日の天覧試合で、サヨナラホームランを放ったのは有名です。
こんなに守備や打撃が面白い野球に変身させた男は長嶋です。
野球選手で国民栄誉賞を最初に貰うとすれば、長嶋以外には考えられなかったのです、私とすれば。
ところが、国民栄誉賞授与は王、衣笠選手に先を越されてしまい、本当にガッカリしてしまいました。
勿論、王も衣笠も大選手です。
しかし自分としては、長嶋選手がプロ野球選手ではナンバーワンなのです。
何はともあれ、松井選手と一緒でしたが、国民栄誉賞を授与されて良かったと云うかほっとしています。

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