『いのちの日』から思うこと
12月1日(火)は、『いのちの日』でした。自殺を減らそうという国の方針に基づいた日だそうです。
日本では、1998年頃より年間の自殺者は3万人を超えています。特に、男性自殺者の増加が顕著です。女性に比して日本人男性の平均寿命が低い、ひとつの理由になっているようです。
昨年度の警視庁の報告によると、その原因・動機においては、半分は健康問題だそうですが、経済・生活問題が二番目となっています。これらの問題に、さらに自殺を後押ししてしまうのは、気分障害の問題、つまり『うつ』が大きく影響しているのでしょう。
今朝の読売新聞によると、うつ病の患者数が、ここ10年間で2.4倍に増加しているとのことです。その背景には長引く不況からの影響もありますが、杏林大保健学部の田島治教授(精神科医)によると、「うつ病の啓発が進み、軽症者の受診増も一因」と指摘されています。
うつには臨床上の三大症状がありまして、①抑うつ気分や意欲の低下②身体症状③睡眠障害です。
特に、われわれ歯科医院に受診するのは、二番目の抑うつから生じる身体症状です。昔は『仮面うつ病』といわれたものです。
わたしは東京医科歯科大学顎関節治療部の講師を務めている都合上、うつから生じる顔面部の身体症状を診察する機会が多くなってきました。例えば、かみ合わせの違和感や舌や顎の慢性痛です。
うつが基盤にあるかみ合わせの違和感の場合、歯の治療では治りませんから、歯科医師とトラブルになったり、訴訟に発展するケースもあります。わたしの患者さまの例では、100箇所以上もの有名な歯科医師の治療を受けたにも関わらず、かみ合わせの違和感がさらに強まった方もいられました。100箇所もの歯医者さんで歯の治療をすると、健康な歯も『かみ合わせが悪い』との理由で削られてしまい、文字通り酷い口腔状態でした。しかも違和感は強まるのです。この方の場合、適切なうつの治療により、現在は違和感が消失しています。
でも、一生の間、かみ合わせの違和感が再発しないかは分かりません。自分の経験では、かみ合わせの違和感が消えたら、しばらくして耳鳴りに悩まされた方もいらっしゃいます。まあラカン的にいって、少しでも患者さまのつらさが減れば、医者としては勝ちなのですが…。
なかなか心の治療は難しいものなのです。
最近は、再発を恐れる、かみ合わせの違和感の患者さまとお話する時、『違和感が完全にゼロになることはありませんが、今よりは違和感を忘れている時間が長くなりますよ』としています。もちろん、完全に消失する方もいます。
読売新聞の記事では、うつの啓蒙が進んでいるとの結論ですが、うつの身体症状にスポットを当てると、まだまだうつとは分からずに身体科の医院で治療を受けている患者さまが多いような気がします。